REPORT

ツアー・オブ・ターキー(福島晋一監督レポート)

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福島晋一監督のレースレポート

●ツアー・オブ・ターキー

開催日:4月24日〜5月1日
開催国:トルコ
カテゴリー:UCIヨーロッパツアー2.HC

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●第8ステージ マルマリス〜セルチュク

距離:201.7km

いよいよ、最終日だ。長いと思っていたが終わってみれば早いもの、しかし息つく暇なくジロが始まる。

今日はいきなり第1カテゴリーの登りを上る。チームとしては何とかスプリントに持ち込みたい。最初の登りの前に激しいアタック合戦があったが6人の逃げが決まって落ち着いた。

うちからは乗っていない。こうなると第2チームカーはとても暇になる。マリオが小便にとまった時に前に上がって、マリオが戻ったら後ろに下がる。野球で行ったら、カバーに入る感じである。

第1山岳で集団はバラバラになることなく平穏に超えられた。逃げは人数を減らしながらもよく耐えている。残り30㎞になって、依然4分30秒差。ここでコントロールしていたカハルラル、アスタナ、ロットに交じって窪木と石橋、スタッキオッティがローテーションに加わる。

残り10kmで第3カテゴリーの山岳があり、そこで前の逃げは捕まった。ここで、引いていた選手が遅れてくるから自分も集団を見送り、彼らの後ろを走ってゴールを目指す。石橋とビオラの後ろについていたら、オーガナイザーが来てペーサーしろという。

本当はいけない事であるが、早く交通を解除したいのであろう。石橋を下りでは80kmを超えるスピードでペーサーした。選手としては制限時間内に完走できるのだから、ゆっくり流したいと思う所であるのに心拍はレッドゾーンだろう。いい迷惑な話である。

もくろみ通り、スプリントになりコッリは6位に終わった。ポイント賞も2位のままだ。ステージ優勝はマレスコ(サウスイースト)。総合優勝はジョセ・ゴンカルベスがリーダーを守った。

優勝したジョセにおめでとうと言って、隣にいる双子の弟、ドニンゴの顔を見た自分に「晋一、俺だよ」とジョゼが教えてくれた。見比べないと2人は区別がつかないほどに通っている。

ついにツールドターキーが終わった。常に観光地を回り、ホテルも良かったしいいレースであったと思う。小石とマリーニが初日でいなくなったときはどうなるかと思ったが、コッリが活躍してくれたのでほっとしている。石橋と窪木にもいい経験になったと思う。

テロの影響で観光客は激減しているようであるが、いつかゆっくりと観光で来たいと思えるいい国であった。

 

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●第7ステージ フェトヒエ〜マルマリス

距離:128.6km

毎日レポートを書くことにしていたが、書いたつもりで海を見てのんびりしていたら、書いていなかった。 ステージレースをこなしていると、記憶が当てにならなくなってくる。

常に何か新しいものに対応しながら過ごしている日々は充実しているが、その中でもうまく余裕をもってやっていかないと、いっぱいいっぱいになったらどんな失敗をするかわからない。特に監督が余裕がないとそれは周囲に伝染するから、余裕がなくてもどっしり構えていた方がいいのだろうと思う。

さて、この日は何があったのだろう。 フェトヒエは帆船の造船で有名なところらしく、レトロな帆船がたくさんあった。 オスマントルコ時代はさぞかし華やかだったのであろうと、勝手に推測する。

レースはというと平坦なので「最後のチャンス」と書いたが、こういう日は逃げが決まらない。グロスと石橋が乗る予定であったが、激しいアタック合戦ののちに決まった逃げには誰も乗れなかった。

しかし、集団はコントロールされていたので、特に何をすることもなく何もすることなく最後の丘に差し掛かった。 ここでコッリを全員でサポートするはずが、グロス以外ほとんどの選手は遅れてしまいスプリントでコッリは5位。 ステージ優勝はモドロ(ランプレ・メリダ)。 コッリはポイント賞で2位に上がった、1位までは7ポイントだ。

 

●第6ステージ クムルカ〜エルマリ

距離:116.9km

いよいよ、今回最大の山岳ステージ。 ほぼ海抜0mから1800mまで上がる。

このステージ自分は第1監督を任された。 第2監督というのは、第1監督の補佐的なもので気楽なものであるが、実際は第1監督であるというぐらいの意気込みで調べ物をしないといけないし、監督の判断を確認しなくてはならないものである。しかし、第1監督となると気が引き締まるものだ。

自分がたてた作戦は、基本的に今日は勝利が狙えないので全員無事に15%の制限時間以内に完走し、勝利が狙える明日に備えること。 ターキービュティーポイントで2位につけているグロスは、45㎞地点の中間スプリントを狙うこと。

レースはスタートしてグロスはスタートアタックしたが決まらなかった。 それでも彼は何度も行って逃げに乗ったが、集団がハイスピードで登り始めたのでビューティポイントまでは逃げられなかった。 残念である。

その前に自分も一度ミスをしてしまった。 選手と無線で話しているときにスタッキオッティがパンク。 コミッセールが無線で言わなかったこともあり、路肩で止まっているスタッキオッティを見落としてしまったのだ。 第2チームカーのマリオがフォローしてくれたので事なきを得た。

100kmを過ぎて本格的な最後の山岳に入るころには、集団にはコッリとグロスしか残っていなかった。 そこからコッリはアタックしてスプリントポイントを1位で通過して、そのまま単独で山岳に入った。

そこで2人とも遅れて47位、48位でゴール。 ステージ優勝はカラルラルのロソン。2位に第1ステージを独走で逃げ切ったニエミエック(ランプレ)が入った。彼は横風の第3ステージで遅れなかったら総合でリーダーになっていただろう。

そして、リーダーはカハルラルのジョゼ・ゴンカルベスの手に 彼は2年前マルセイユで自分と同じアパートに1年間一緒に暮らした選手だ。 明日は平坦基調のステージ。 最後の優勝するチャンスだと思う。

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●第5ステージ アランヤ〜ケメル

距離:189.3km

昨日は少し飲み過ぎたようで朝起きたら頭が少し痛い。

晴天の元、レース会場まで選手は自走で向かった。

スタート5分前であったがチームカーが皆違う方向に向かって走っていく。一度間違えてUターンしていたら前からチームカーが来る。また折り返してその車についていくが、集団の前に出てしまいそこで待機してレースに合流した。

最初のアタックに窪木が行ったが決まらず、カウンターでスタッキオッティが乗った逃げが決まった。集団はロットとサウスイースト、カハルラルがコントロールして2分30秒前後でコントロール。

自分は一人で逃げ集団をサポートしていた。スタッキオッティはスプリントポイントを2回1位通過。3回目は自分が前に上がって「あと10㎞でスプリントだ!」と言った直後にスプリントがあり、3位通過。

3回目のスプリントから距離が8km短くなっていたのだ。ゴールが近くなったから逃げ切れないかと期待したが、計算どおりに詰められてスプリントではサウスイーストのマレチュコ選手がグライペルを抑えてステージ優勝。

コッリは最後に埋もれて5位であった。昨日いいアシストをしたスタッキオッティが逃げてアシストが出来なかったのが痛かったか?

今日のゴールは海辺のリゾート地だ。バスの中に無線の充電器を置き忘れて、それを運転手のホテルまで取りに行くのに何かと2時間ほどかかってしまった。

 

●第4ステージ  セイディシェヒル〜アランヤ

距離:187km

今日はいきなり1級の山岳を上る。登りの後に集団がまとまって最後集団スプリントになれば勝機があると願って、グーグルアースからゴール前のコースの状態がわかる写真を抽出して選手のワッツアップに流した。500m、200m、ゴール。ゴールの写真は、コッリが昨年勝った写真を流した。

この日は窪木が調子が悪く、彼の集団のサポートをする1日であった。

最後はもくろみどおりスプリントになり、コッリが2位に入った。優勝はランプレのモドロ。

優勝ではないがチームの雰囲気は一気によくなった。マンゾーニ監督も終始上機嫌で随分とビールをあけた。チームにとって成績は活性剤のようなものだ。自分も仕事に入る力が全然違ってくる。自分も朝に送った写真が現実になりかけてうれしかった。

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●第3ステージ  アクサライ〜コンヤ

距離:158.9km

朝から雨が降っている。予報どおりだ。ゴール地点もチェックする。雨。今日は平坦基調の158km。コンヤ市まで南西に走る。

スタート地点でトイレに行きがてら、紅茶屋に入った。 トイレを借りるだけでは申し訳ないので、一杯紅茶をいただく(あくまでもトイレに行くのが主な目的ですよ!)。

今日は自分の助手席にはクーラーボックスがドカンとおいてある。 サイドブレーキの上には補給食。 手が届くところにランチボックス。 クーラーボックスは自分でシートベルトをかけられないのでかけてやる。 大西メカがホテル直行なので一人だが、なかなか一人も楽しいものだ。

レースがスタートして窪木がスタートアタックしたが決まらず、大雨と強風の中を集団は高速で走り始めた。 集団は3つに分裂。しばらくしてマリオからスタッキオッティがいる先頭集団に行くから後は頼むと言われる。

第2集団にいるグロスとコッリ、第3集団の石橋、窪木、ビオラを一人でサポートした。 2つの集団を行ったり来たり、荒野の一本道を歩くのさえ困難な強風の中サポートした。 右からの風だったのでボトルを助手席側の窓から渡す。 今日だけは右ハンドルだったら、どんなにありがたかったことかと思う。

レースはロット6人とチームロスの2人の逃げが決まりグライペルが優勝。第2集団の2位で入ったスタッキオッティがステージ10位であった。総合リーダーのニエミエックは第3集団で総合圏外に。こんなに風が強く過酷なステージになるとは全く予想していなかった。

明日はセイディシェヒルからアランヤまでの187㎞。 30㎞地点の1級山岳から始まり、そのあとは標高1800mから一気に海抜10mまで下る。 集団がまとまればスプリントでチャンスがあると思う。

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●第2ステージ カッパドキア

距離:154.1km

自分の憧れカッパドキアについに来ることができた。 期待が大きすぎたのか、あの風化した石をくりぬいた部屋に入って、壁の固さを確認したら、後はどれも同じだろうと自分を納得してレースに戻る。 それで自分のカッパドキア観光は終わった。 本来そこにいるはずのないらくだと写真を撮り、後は気球に乗るくらいしかやることはないだろうという結論に達した。

この風景は強い風が削り取って創ったという事だけあって風が非常に強い。そんな中、ひざの痛みを抱えたグロスが3人の逃げに乗った。 第2チームカーの出番である。 集団を抜いて前に合流。 今回は通訳のゼインさんが僕の車の隣に乗っている。 トルコ風の大きな鼻をした彼女は選手に人気なのでグロスに指示を出すときに一度代わりに励ましてもらった。

グロスも頑張り過ぎて膝を壊さないか心配であったが、左から風が吹いているときは風上から指示を出せば選手は風をよけられて楽ができるからだ。 効果があったようで中間スプリントをグロスは1位通過。 ただし、昨日総合で遅れてるので、スプリント賞同点2位でジャージ獲得はならなかった。

グロスの逃げは最後の1周に入る手前で捕まり、そこからカハルラルの選手が大量に入る逃げが形成された。そこから飛び出した5人に2人送り込むことにしたカハルラルがワンツーフィニッシュ。しかし、10秒遅れの4位でゴールしたリーダーのニエミエックがリーダージャージを死守した。

チームからは約8分遅れのコッリの30位が最高位。 本来、総合を狙うリーダーを任されていた小石が昨日リタイヤしたのが痛い。 明日からラインレースになる。 平坦基調の158km。いよいよステージレースだ。

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●第1ステージ イスタンブール

距離:129.2km

この町は飛行機のトランジットで何回か訪れて親近感のある街だ。最近テロで危ない印象しかないが、実際来てみると人はとても親切に感じる。人と目が合うのだ。決して敵意の目ではない。アジアとヨーロッパの文化の融合点は活気にあふれており、自分はとっても気に入っている。

さて、チームは4日前に入りスタッフはゆっくりとすることができたが、選手は渋滞の中あまりいい練習はできなかったようだ。

今日のレースはヨーロッパは側からスタートして黒海とマルマラ海を結ぶボスポラス海峡を渡る。レースではこの海峡を渡った時にアクシデントが起こった。

下りのトンネルの直後集団落車が発生。スタッキオッティ、小石、マリーニが巻き込まれたのだ。マリーニは肩をおさえ、小石は手首が痺れて動かせない。

スタッキオッティとマリーニは再スタートを切れたがここで小石は救急車に乗り込んだ。スタートしてまだ10kmほどの地点の出来事である。その後マリーニもリタイヤ。

その後もスリッピーな路面でトラブルが相次ぐ。5人の逃げが続いたがそこから後半飛び出したランプレのミエミエックが逃げ切った。泳がされている感じであったが、逃げ切った。

サウスイーストが追っていたのだが詰め切れたかったのと、グライペルの落車でロットが組織的に追わなかったことが(実際は少し追ったが遅すぎた)、追撃のリズムを狂わせたのだ。

NIPPO・ヴィーニファンティーニではコッリが9位。今日のレースの代償は大きかった。

レース後、小石とマリーニをイスタンブールに残して、飛行機でカッパドキアについたのは夜の11時だった。

_CAT0136

落車に巻き込まれた小石祐馬。痛みに顔を歪めるが、幸い骨に異常はなく、ヨーロッパに戻り、次のレースに向けてトレーニングを行う。

落車に巻き込まれた小石祐馬。痛みに顔を歪めるが、幸い骨に異常はなく、ヨーロッパに戻り、次のレースに向けてトレーニングを行う。