REPORT

G.P.チッタ・ディ・ルガーノ(UCI1.1)

開催日 3月2日
開催場所 スイス

スイスで開催された伝統あるワンデイレース。ルガーノ湖周辺の169kmで開催されたが、登坂区間でアタックがかかり、次々に選手が脱落するサバイバルレースとなった。チームのエース、ピエールパオロ・デネグリはクラッシュしてリタイア。チームの最高位はアレッサンドロ・マラグーティの45位だった。

出場メンバー: アレッサンドロ・マラグーティ(45位)ダニエル・パウルス(69位)、リカルド・スタキッオッティ(DNF)、ピエールパオロ・デネグリ(DNF)、山本元喜(DNF)、黒枝士揮(DNF)、石橋学(DNF)、アレッサンドロ・ビソルティ(DNF)

大門監督/マネージャーのレポート

我々にとって、おそらく年に一度のスイスのレース。10年くらい前まではこの南スイスのイタリア語圏では、春季だけで伝統あるレースが3、4大会が開催されていた。しかしながら、近年車が増えたなどの交通事情や、不景気が理由で継続スポンサーが見付からない等の事情で、大会の延期やシーズンによっては中止されたりといった状況が続き、気が付いたら生き残ったのは、この大会だけになってしまった。しかも昨年は気の毒なことに雪で中止になった。

この時期のスイスというと日本の人はウインタースポーツをイメージし、雪が降っても珍しくないと安易に思われるかも知れないが、ティチーノ州(南スイス)は暖かい土地柄で基本的に避寒地なのだ。だから雪で中止になった年は非常に驚いた。

今回も帯同したが、前日は冷たい雨が時々激しく降る悪天候。翌日は必ず晴れるとの予報を聞いていたものの、メカニックやマッサーにとっては気温も低い悪天候の中での準備は例外なく辛いものである。

今回はチームにとって2つのグループ&目的があった。通常のレーススケジュールはもちろんチームにとっても最も大切なメイン行事なのだが、これからチームを大きくしていきたい我々にとって、スポンサーの方々をレース会場に招待する接待業務も大事なミッションであった。今回のメインゲストはランプレ等のワールドツアー、プロコンチネンタルチーム等に大型バスやメカニックトラックを施工し、手広くリースする会社を経営するオーナーの娘様(現社長)。毎回思うのだが彼女のエネルギッシュなオーラには毎回本当に圧倒させられる。まさに女性版ゴットファーザーって感じなのだ。会場でも入れ替わり立ち代り大小含めて様々なチーム関係者が挨拶に訪れた。

そんな訳で今回は新米監督のスペツァレッティがレースへの帯同を務め、ベテラン監督のジュリアーニがスポンサーの接待役を担当した。極力レースグループとの混同は避けたかったが、スポンサーの付き人もいたりで必然的に選手含めて15名以上の大所帯での移動となった。

個人的にも誰が考えても、2つのグループは完全に分けて計画的に行動するべきだと思っていたのだが、まだまだ実習中の新生チームにとっては、様々な事情から環境全体を見渡しながらの効率的な運営(段取り)とはいかない……。でもある意味それらは経験しながら学ぶしかない。僕が言うのもナンなのだが。イタリア人特有の行き当たりばったりモードに翻弄させられる外国人はヨーロッパでも多い。

日本の文化の様に失敗を恐れて合理性(効率化)ばかり追い求める理屈もヨーロッパではなかなか通用しない。優れた運営手腕を発揮する典型的な日本人の視点から、イタリア人の仕事ぶりを見ていると明らかに無駄な時間、浪費だと思える事柄はじつに多いのだが、そんな余裕に満ちた姿から学ぶべきこと、ヒントも少なくない。

でもこれらの「よもやま話」は解説していたらキリが無いので肝心のレースに関して話を進めよう。

幸い予報も当たり大会当日は見事には晴れた。あたりの山はどれも雪で一面真っ白、肌寒さは残るものの風もなく、絶好のコンディション。レース中盤には気温も15℃くらいまで上昇した。コースはここ数年変わっていない、世界選手権でも一部使われた登坂を含む8の字コースを5周回する170KMで争われた。

今回のメンバーは基本的にチームの柱となるメンバーをメインに、ライグエリア同様に起伏を苦手としないメンバーで構成した。日本人は宮澤がツールド台湾のための自主キャンプでタイに行って留守。先週は走ってなかった石橋と遠征期間が限られている山本、そしてツールド台湾を目前に控えている黒枝をスタートさせた。もちろん意図的ではないが、結果的に鹿屋体育大学の現役&出身のメンバーが揃った。とは言え、石橋と黒枝は4月に入るとナショナルチームの欧州遠征のスケジュールも入っているため、シーズンの前半戦でこのメンバーでスタートするのは最初で最後。

今年はスタート直後からレースが動いた。山本が彼のFBでも書いているが、十数名で構成されたリードグループにギリギリ入ることができず、メイングループとの間で単独になってしまった。その後メイングループに飲み込まれたが、その15名の早目の逃げの容認を警戒した有力チームが山本が捕まった直後のタイミングの登坂区間で、メイングループのペースアップを図った。

そのペースアップで先行グループの入れ替えがあり、最終的には6名の逃げ残り2周回まで続いた。レースが振り出しに戻ったあたりから、勝敗に繋がる動きが頻繁に繰り返され、登り区間ごとにペースは上がり戦列を離れる選手も目立ち始めた。メイングループに復帰していた山本も黒枝も必死に耐えていたが、その辺りで徐々に遅れ始める。

石橋も半分以下になったメイングループで奮闘していたが、繰り返されるペースアップに耐えられず3名のチームメイトとともに脱落した。

最終周回に入った時点で25名が先行。そこにはデネグリが入るが、マラグーティとパウルスもそこで遅れ始める。結果的にはその動きから遅れたグループしか完走できない厳しい展開となった。先行グループが最終回でさらに分解しかけた最終展開で、デネグリが不運のクラッシュ……。膝の上を強打したが、この最終局面で追い付くことはできず、そのままバイクから降りた。

彼の脚質から見て、何もなければ上位に入ることは間違いなかったと思う。ゴール後の彼の表情からは悔しさが滲み溢れていたが、最終展開で勝負するメンバーに残れたことは調子を確かめるうえで自信に繋がったと思う。怪我の痛みはあるものの大事に至らないことを願いたい。

チームはこれから3つのグループに分かれる。1つはクロアチアでUCI2クラスのワンデイを2戦と3日間のステージレースに参戦(日本人メンバーは秋丸と山本の2名)。

もう一方のグループは7日からベルギーで1クラスのステージレースに参戦する(日本人メンバーは石橋と小石)。そして宮澤と黒枝は9日からのツールド台湾にナショナルチームのメンバーとして参加する。

各大会に散らばった日本人メンバーが再会するのは3月中旬以降になるが、各自成長の証しとなるような、レースでの収穫を持ち帰れることを祈りたい。